「算数・数学が苦手」
しばしば耳にする言い回しですが、一方で「得意」「苦手」の程度の違いに収まらないほどに、算数・数学に大きな困り感を抱えている子もいます。
そうした子どもたちは、「算数障害」に該当するかもしれません。この場合、先天的な脳機能の凸凹が影響しているため、本人の努力では克服が困難であり、その子の特性に合った学び方や環境調整など、個別のサポートが必要になります。
また、「算数・数学」という教科が必要とする能力はとても広範囲にわたり、狭義の「算数障害」だけでは説明のつかない困りごとを抱えている場合も考えられるといいます。
この記事ではこうした、算数・数学の困りごとについてのさまざまな原因を概観し、最後に保護者がとれる対応を考えてみたいと思います。
算数障害の定義とチェックリスト
算数障害は、知的発達に遅れはありませんが、計算や文章題に著しい困難が生じる障害です。
発達障害のひとつである学習障害/LD(限局性学習症)に含まれ、読みの困難とともに生じることも多いと言われていますが、読みの困難はないにも関わらず算数の困難のみが生じることもあります。
この記事で扱う算数障害を含む発達障害は、先天的な脳機能の発達の凸凹と環境のミスマッチによって生じる障害です。
算数・数学に大きな困難を感じている場合、本人の努力次第でどうにかなるものではない、医学的な意味での「算数障害」の可能性があることを知っておきましょう。
参考になるチェックリストが心理学会の機関紙『心理学ワールド』70(2015年)に掲載されています。
学習障害児の療育指導などを研究されている筑波大学の熊谷恵子氏の「算数障害とはいったい?」より、「計算や推論の困難に関する気づきの項目」というチェックリストを下に引用します。
領域 | No | 項目 | ない | ときに ある | よく ある |
---|---|---|---|---|---|
数処理 | 1 | 数字を見て、正しく数詞をいうことができない(読み)。 | |||
2 | 数詞を聞いて、正しく数字を書くことができない(書き)。 | ||||
3 | 具体物を見てそれを操作(計数するなど)して、その数を数字や数詞として表すことができない。 | ||||
数概念 (序数性) | 4 | 小さい方から「1,2,3,…」と数詞を連続して正しく言うことができない(目安として120くらいまで)。 | |||
5 | 自分が並んでいる列の何番目か言い当てることができない。 | ||||
数概念 (基数性) あるいは 数量感覚 | 6 | 四捨五入が理解できない。 | |||
7 | 数直線が理解できない。 | ||||
8 | 多数桁の数の割り算において、答えとなる概数がたてられない。 | ||||
計算 (暗算) | 9 | 簡単な足し算・引き算の暗算に時間がかかる。 | |||
10 | 九九の範囲のかけ算・割り算の暗算に時間がかかる。 | ||||
計算 (筆算) | 11 | 多数桁の数の足し算・引き算において、繰り上がり・繰り下がりを間違える。 | |||
12 | 多数桁の数のかけ算において、かけたり・足したりの途中計算を混乱したり、適切な位の場所に答えを書くところで間違える。 | ||||
13 | 多数桁の数の割り算において答えの書き方や適切な位の場所に答えを書くところで間違える。 | ||||
文章題 | 14 | 文章題の内容を視覚的なイメージにつなげられず、絵や図にすることができない。 | |||
15 | 答えを導き出すための数式が立てられない。 |
こうしたリストを利用することで、算数・数学の学習にとって必要な「数字や数詞を正しく理解できているか(数処理)」「正しい順序で数を数えられるか(数概念)」といった基本的な能力の確認ができ、家庭でもおおまかに傾向を掴むことができるのではないでしょうか。
ただし、熊谷氏は、このチェックリストに当てはまる項目が多い場合、「必ず個別の知能検査を行うなどして、全体的な知的能力水準がどれくらいか、また、知的能力を構成する下位の認知能力の強い・弱い能力を同定しておくことが重要である」とも書かれています。
保護者としては、これらの結果を参考にしつつ、必要に応じてより詳しい専門機関へ相談し、適切な支援が受けられる体制を整えていくと良いでしょう。
算数の困り感は『算数障害』だけが理由ではない!?
実は、算数・数学という教科が必要とする能力は、これまで見てきた医学的な意味での「算数障害」のチェック項目だけにとどまるものではありません。
大阪医科歯科大学LDセンターの栗本奈緒子氏が、その点をわかりやすく説明してくださっている動画をYouTubeで見ることができます。
こちらを参考に、あらためて算数・数学という教科の困りごとを見ていくことにしたいと思います。
動画の中で栗本氏は、小学校で学ぶ算数は以下の3つの分野に大きく分けることができると話されていました。
・数と計算
・図形
・量と測定
そして、これらすべてに関わるものとして「文章題」があります。
それぞれの分野に必要となる力は上の図の吹き出しにあるとおりですが、文章題を含む算数の全体に関わってくるものとしては、次のような具体例が示されていました。
・言語を理解する力
・ワーキングメモリー
・注意の力
・プランニングの力
・同時処理
・継時処理 など…
こうしてあらためて並べられると、算数には何とさまざまな力が必要とされていたものかと、驚かれるのではないでしょうか。
だからこそ、算数に困難を抱える子どもの指導においては、非常に広範囲にわたり得る「つまずき」の原因を丹念に探り、それに合わせた適切な指導をしていかなければならない、と栗本氏は指摘されています。
繰り返しになりますが、重要なのは
算数の困り感はいわゆる「算数障害」だけが理由ではない
ということを常に考えあわせないといけないということです。
子どもがもし算数を苦手としていて、本人の努力で克服が難しい困難を抱えていたとしても、すなわちそれが「算数障害によるものである」という結論にはつながりません。
算数はさまざまな力を必要とする教科であって、医学的な診断である「算数障害」は、そのごく一部の困難を定義するに過ぎないからです。
Branchでの事例
—算数の困りごとについてのアドバイス
Branchでは算数の困りごとについてこんな話題がありました。
練習が足りないから四則計算がなかなか身につかないのかなと思っていましたが、どうもそれだけではないように思えてならないのです。
でも、教師から算数障害の可能性を指摘されたことはありません。
サポートするにもどうすればよいか…
それに対して、Branchメンターや保護者の方から多くのアドバイスが寄せられました。
よく観察して、つまづく要素はどこか考えてみるといいかもしれません
・電卓を使えば計算問題は解ける
・図形は大丈夫
・数の概念の取得はどうか
・抽象的思考はできそうか
コンセプトの理解と純粋な計算問題、どちらが得意か分けて考えてみるのもいいですね
読み書きも、キーボードやタブレットを使って、理解することに力を全振りするというように、 これも要素の切り分けできますね
電卓が使える場合とそうでない場合で思考の負担がどれくらい変わるか、本人自身に考えてもらうといいかもしれません
抽象度が高い方が相性のよいお子さんなら、
繰り上げ繰り下げの理解の話も抽象度を上げて、二進数・十進数・十二進数(六十進数) に引き上げた方がイメージしやすいかもしれません
文字が判別不能で間違うことは、よくある話です
問題の意味が分かっているなら、もうそれは正解ということで、家庭内ではOKにしちゃって「よく出来てるね」とすることを薦めます
手書きの数式をテキスト認識させるウェブサイトもたくさんありますよ
「九九できない 不登校」で検索したら、こんな動画を見つけました。
お陰で九の段は一発でマスターそれ以外は相変わらずですが、やっぱり視覚優位の息子には、指を使って覚えるのが大事なんだなぁと実感しました。
小2算数「かけ算九九」を暗唱に頼らず全部わかるようになる!!【不登校、学習障害、発達障害(ASD、ADHD)】のお子さんの勉強の悩みにこたえるデキルバの授業紹介!小学生の家庭学習にも最適】
https://www.youtube.com/watch?v=3ghCKT_1IOU
息子は、何のために使うのかわからないものをただ暗記することができないようです。
最近『算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし』を読んで、九九がおぼえられなくてもいいんだと安心したようで、九九を飛ばして3年生の算数を始めてみてやっと、九九を覚える理由に気づいたようです。
九九カードでひたすら暗唱させられる2年生後半に学校へ行かなかったのは、かえって良かったのかもしれないと思い始めています。
Amazon.co.jp: 算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし 算数障害を知ってますか? : バーバラ エシャム, マイク ゴードン, カール ゴードン, 品川 裕香: 本
ビジュアルが得意なら、こういうのも興味が持てるかも?
「九九の糸かけ」
https://youtu.be/Bo1f1RlWNpo
実際の糸かけまではしませんでしたが、紙に点を打って星を描いて、おもしろいねーってやった記憶があります。
そんな息子も、九九の習得にはけっこう苦労したので、面白いなって思うきっかけにはなるかも?と思いました
算数の困り感・算数障害に対して保護者にできること
ここまで、算数障害を含む子どもの「算数の困り感」の背景と事例を見てきました。
以下では、保護者ができる具体的なサポート方法をご紹介します。
できていることに注目し、褒め、子どもの自信を育む
算数障害を含む学習障害のあるお子さんは、
「どうして自分だけできないんだろう」
「がんばってるのに、どうして◯◯(算数、漢字など)だけできないんだろう」
と、周りの子どもたちとの差や、自分のなかでの得意・不得意のギャップの大きさを感じて、自信をなくしたり自分を責めたりしてしまうことが多くあります。
保護者のみなさんも、「算数だけできない」ことへの心配が大きくなることと思いますが、だからこそ、お子さんの「できていること」「得意なこと」「好きなこと」に注目して、積極的に褒めてあげてください。
その上で、以下に紹介する情報を参考に、専門家を頼ったり情報を集めたりしながら、本人の自信ややる気を育てていってあげてほしいと願っています。
支援機関に相談する
「算数の困り感」の要因や支援方法は、さまざまな角度からの検討が必要です。
保護者さん一人で抱え込もうとせず、以下のような支援機関に相談してみてください。
- 発達障害専門医がいる小児科・児童精神科
- 保健センター
- 子育て支援センター
- 児童発達支援事業所
専門の外来はなかなか予約が取れないこともありますので、まずは保健センターや子育て支援センターなど、自治体の無料相談窓口に行ってみるのがおすすめです。
そこから、専門機関を紹介してもらえることもあります。
特性に合わせた学習方法や支援ツールを探す
特性に合わせた学習方法を考えよう
既にWISCなどの検査を受けているお子さんの場合、その結果をもとに、お子さんの得意・不得意に合わせた学習方法を考えることができます。
以下は一例です。
家庭だけで考えることは難しいため、検査を受けた機関に相談してみるのもよいでしょう。
- 視空間認知能力が低いお子さんは、板書やノートへの書き写し、また、数字の桁をそろえることが苦手なので、マス目のあるノートを使って取り組む
- 順序だてて物事を進める能力が弱いお子さんは、計算の手順を書いた表を作ってそれを見ながら計算する
- 聴覚からの認知が苦手なお子さんは視覚に訴える表を使う
- 聴覚優位のお子さんには、九九の歌など、リズミカルに聴覚から覚えられる歌などを使う
お子さんに合う支援ツールを探そう
現在は教材や学習道具を含め、子どもの特性に合わせた方法がさまざまに研究されてきています。
また、障害のある子に対する学習支援の例は、以下のようなサイトで見ることもできます。
2つ目の井上賞子さんは、学びにくさのある子への学習指導について、非常に多くの情報発信をされています。
同じような特性・困りごとの子ども・保護者同士でつながる
同じようなお子さんをもつ保護者同士の交流を通じて、具体的にどのような配慮をしてもらっているか、また、そのお願いをどんなふうに行ったのかといった経験談に触れられることもあります。
親の会に参加してみる
親の会などの、保護者どうしの繋がりを探して参加してみるのもいいかもしれません。
Branchでも、学習障害については過去に何度も話題にあがってきました。
以下は直接的に「算数」について触れた記事ではありませんが、参考になることもあるかと思います。
学校での合理的配慮について相談をしてみる
「合理的配慮」とは、障害のある人の権利保障のための、困りごとと場面に応じた個別の調整のことです。
障害者権利条約(2008年発効、日本は2013年に批准)や障害者差別解消法(2013年公布、2016年施行)に基づき、学校にも合理的配慮を行う義務が課せられています。
算数障害の場合、たとえば計算の困難さに対して、電卓を使用できるようにする、試験時間を延長するなどが例として挙げられます。
具体的に何をどの場面で合理的配慮として実施するかは、お子さんのニーズや困難さに応じて、学校の先生たちと相談しながら個別に決めていくことになります。
その際、心理士による知能検査の結果や、医師による診断書・意見書など、学校側が判断材料とできる資料があれば、相談にスムーズに進みやすくなるでしょう。
医療機関や相談機関を通じ適切な配慮を一緒に検討してもらうことで、計算機やICTの利用が認められれば、本人の負担感は格段に軽くなります。
その場合、算数のみならず、学習の困難に対するさまざまな要因を踏まえながら、本人にとって必要な配慮が何かを選択していくことになりますので、下記のようなサイトで事前に情報を集めておくと良いかもしれません。
- 独立行政法人 国立特別支援総合研究所 発達障害教育推進センター
「学習障害(LD)のある子どもの合理的配慮」 - 文部科学省「障害のある子供の教育支援の手引~子供たち一人一人の教育的ニーズを踏まえた学びの充実に向けて~」(手引き本編 第3編 P285~)
おわりに
今回の記事では、「算数障害」を含む算数の困り感の多様な原因と、保護者ができるサポートについて見てきました。
あらためて言われてみると、算数・数学とは何とさまざまな能力を駆使して問題に向かわなければならない教科だろうと再認識した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
医学的な意味での「算数障害」はさまざまに必要な能力のうち、核となる一部分を取り出した判断であるというのは先述したとおりです。
ですから、「うちの子は算数ができない」と感じたとき、「算数障害」の可能性を念頭におきながらも、視野を広くもって原因を探ることが大切になると思います。
その上で、医療機関や相談機関などを通じての適切な対応の模索、自信と意欲を失わせない環境づくりをしていくための情報収集や学校との交渉なども、保護者にできることと言えそうです。
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この記事を書いているBranchは、不登校・発達障害のお子さま向けの「学校外で友だちができる」Branchコミュニティを運営していて、以下のような特徴があります。
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