不登校になったお子さんは、どのように居場所を見つけていったのでしょうか?また、保護者の方はどのようにお子さんと関わっていたのでしょうか?
今回は「今まさに子どもが学校行き渋りだ」「今まさに不登校になった」というご家庭の方に向けて、他のご家庭はどうやって情報を見つけ、居場所を見つけ、どのようにお子さんが変化していったかをインタビューいたしました。
この記事では、現在小学5年生・男の子の保護者の方にお話いただいた内容をご紹介します。
子どものプロフィール
- 名前:Hくん
- 年齢:10歳・小学5年生(2023年4月時)
- 不登校の期間:小学1年生から行き渋りあり。4年生以降不登校。
- 発達障害の診断:ASDの症状あり
- 好きなこと:フォートナイト、マインクラフト、YouTube視聴、ポケモンGo、ホグワーツ・レガシー
ふとした時にダジャレを言うような子です笑
「ふとんがふっとんだ」並のやつで、思いついた時にいかにも「おもしろいでしょ?」という顔で言ってくるのが可愛いです。
甘えん坊なところがあって、外出先でもいつも手を繋ぎたがり、寝る時も「背中トントンして」と言ってきたりするところが可愛いです。
不登校になったきっかけ
小学校に入学して2週間目から突然「行きたくない」と言い出し、そこから1年間毎日母子登校でした。
引きずっていく日もありましたし、登校できれば良い方でたまにお休みすることもありました。
2年生になる前の春休みにコロナで一斉休校。
それで気持ちが少し楽になったのか2年生進級後は1年生の頃より少し行き渋りが減り、母子登校もたまにするくらいで、月曜日や長期休み明けにまれにお休みするくらいでした。
3年生はほとんど一人で登校し、1学期は少し登校渋りがあったものの、2学期はほとんどお休みをしませんでした。
3年生の3学期にコロナが猛威を振るっていたことと、兄の中学受験が重なり、毎日通っていた学童を長期でお休みするようになりました。また、1月2月は特に連休明けなどに学校への行き渋りが激しくなってきました。
兄の受験終了後、3月になっても学童に復帰したがらず、3年生いっぱいで学童は終了なのでそのまま学童は終了。
また、3月に入ってから、家から登校したはずなのに兄弟でサボって帰宅していた日があり、かなり私が激しく怒ったこともありました。
それでも一応登校している日の方が多かったです。
4年生進級後、2日目に朝家を出たはずなのに「登校していない」と学校から連絡があり、探すと自宅マンションの敷地内でうずくまっているところを発見しました。
その日は結局お休みしました。
それ以降、それまでは休んだ日は「明日は学校に行くからね」と言うことが多かったのですが、今回はそれもなく、何となくこれまでと様子が違うことが気になりました。
案の定、それ以降毎日行き渋りがひどくなり、2週目は朝家を出ても校門から敷地内に入れない状態が続きました。
それでも1時間くらいかけて校舎に入り、教室前の廊下で1時間くらい躊躇して結局教室内に入れず帰宅するという日が続きました。その後は学校まで辿り着かず脱走して家の回りを逃げ回ったり、私とケンカになり家出する(すぐに帰ってくるのですが)ことも続いたのでその後本格的に登校することをを諦めました。以降現在に至ります。
行かなくなった理由や原因は分からないけど、4年生の4月中旬以降は不登校です。
本人に理由を聞いた際には4年生最初の頃に登校が遅れた際に、知らないお母さんに「遅刻だよ!」って言われて、それがショックだったと言っていましたが、それだけが理由ではないと思いました。
これまでの色々なことが積もり積もって嫌になったのかなと思います。
学校側とのやり取り
最初は行かせようとして学校まで一緒に行っていました。
時間かけて校舎内に入れた日は教室前の廊下で1時間過ごしたり。
先生も「気分が落ち着いたら入ってねー」と無理に誘わなかったです。
学校とは「行けたら行きます」などの電話をしたり、担任の先生と面談したりしてました。
不登校初期は担任がたまに1週間に1回くらい電話してくれて様子を話したりしました。子供と直接話したり、Googlemeetで話したりしたこともありました。最近はあまり積極的にコンタクトを取っていません。
今は月に一度スクールカウンセラーとの面談を私が行っているので、おそらくその方を通して子供の状況は多少学校側に伝わっているのではないかと思います。
またWISCの結果から「発達障害的なところがありそうだ」という話はしましたが、学校に行っていないので、合理的配慮も何もないので、特に何かお願いはしていません。
「行くようになったら、合理的配慮が必要なタイプです」という話をしました。
今は必要な時に電話連絡をとったり、プリント類やたまに給食で別室登校する時に私と担任でやり取りを行うくらいです。
行き渋り中の子どもとご家族の様子
4年生になる前の春休みくらいから私と喧嘩が絶えなかったのもあって、Hは表情が暗かったです。
当時、私は仕事が忙しくて、帰ってくるまでに宿題やお手伝いなどやっておいて欲しいことを息子たちにお願いしていたのですが、帰宅後全く何もしていなくて、それでイライラして喧嘩になることが多かったです。寝る前に喧嘩して泣きながら眠ることもありましたね。
また、兄の中学受験が3月で終わったのですが、それまであまり家にいなかった兄と家で過ごす時間が長くなり、兄弟喧嘩も多発していました。
4月になり、遠方の学校へ行くことになった兄は当初中々起きられなくて、登校できず、兄弟ともに学校に行っていないという事がありました。
私は仕事を休んだり、二人を残して出勤したりしていましたが、家族の雰囲気はこの頃が一番あまりよくなかったと思います。
休みの日には気分転換に外出などもしましたが、楽しめている感じではなかったです。
お子さんの困りごとを解決するための情報をどのように取得していましたか?
発達についてはBranchに入ってから皆さんの情報で知ることが多かったです。
その他の事は自分でインターネットで調べました。
「不登校 ○○」キーワードで「不登校になったらどうすればいいか」などをたくさん調べていましたね。
お子さんの困りごとを相談する場所やコミュニティはありますか?
相談する場所は現在4つあります。
1.Branch:どうやってBranchに辿り着いたのか覚えていませんが、リタリコなども見ていて、リタリコより良い意味でアットホームな感じがあったことと、子供が好きなゲームでつながれることがいいなと思い登録しました。
2.所属している学校のスクールカウンセラー(主に母のみ):小学校1年生の頃より担任から聞いて利用開始しました。2・3年時はあまり利用していませんでしたが、不登校になってからまた利用するようになりました。
3.区の教育相談:区のwebサイトで調べてつながりました。
4.児童精神科:近くの児童精神科(インターネットで調べた)受診後、紹介状を書いてもらいました。
他には、去年の10-11月くらいからスクールソーシャルワーカーともつながっています。
息子とは歳が離れた女性の方でフォートナイトを週に1回30分やってくれます。
「新年度からどうしよう」ってなった時に、基本的に学校への復帰を手伝う目的で入ってもらっている形なのですが、Hに「どうしよっか?」と聞くと、「新年度も学校との関わりより、フォートナイトやる方がいいです」と言っていました。
また、次年度の要望について担任と面談した際に次年度の担任についての要望を学校に伝え忘れたのですが、スクールソーシャルワーカーの方が学校に伝えてくれました。頻繁ではないけど、状況を把握してくれています。
スクールソーシャルワーカーについては担任から「そういう制度があります」と教えてもらいました。
区の制度に適応指導教室もあったため、当初どちらを利用すればいいのか迷ったのですが、「適応指導教室は学校の承認が必要で、適応指導教室とスクールソーシャルワーカーの併用はできません」と校長先生に誤った情報を言われてしまいました。
そこで適応指導教室の申し込みを先にやって、適応指導教室に登録しましたが、面談時に一度行って以降、一度も登室できない状況が続きました。
その後自分で改めて調べたり問い合わせをしたところ、「適応指導教室とスクールソーシャルワーカーの併用もできる」ということが分かり、担任の先生に「スクールソーシャルワーカーを利用したい」と伝えました。
その後、学校側が手続きを行い、スクールソーシャルワーカーとつながりました。担当者以外にもボランティア担当の方などもいるそうです。
すべての機関・組織が全部独立していて横のつながりがなく、毎回息子に関することを説明をしないといけないのがつらいですね。
組織としては教育相談所の中にスクールソーシャルワーカーがいる位置付けのようなのですがあまり情報共有がされていないように思います。
でもまぁ、痛みを分かち合うメンバーがいるのは良いかなとは思います。
お子さんが所属感を感じている居場所はありますか?
不登校になって割とすぐにBranchとつながり、今も居場所になっています。
他との比較もあまりしていないです。
リタリコも見ていて、気になるなぁとは思っていたけど、自分の家庭の事情とは合わないなと思ってやめました。
他にも夢中教室も調べたのですが、なんとなくBranchにつながりました。
所属先を得た後、お子さんはどのように変化しましたか?
友だちや信頼できる人ができて、「Branchに入ってよかった」といつも本人が言っています。
不登校になって比較的すぐにBranchに入ったのですが、それまでは表情も険しくて、ゲームやYouTubeを無理矢理長時間見ていたり、私との衝突も多くて大変でした。
Branchではダイレクトメッセージ(DM)を送って相手がフレンドになってくれると「フレンドが増えた!!」と喜んだり、最近はあまりできていませんが一緒にゲームができる仲間が増えたり、といったことが嬉しいようです。
不登校の超初期にあった「僕なんていなくなればいい」といった発言も最近では見られないです。
オンラインの距離感であることがちょうどいいようで、最近よくBranchで開催されているリアルイベントなどは「行きたくない」ようです。
一番最初はBranchのマイクラ部で中里さんが担当していて、複数人でマイクラやるのが人生で初めてだったのですがそれがすごく楽しかったようです。
その後、ウェルカムイベント(Branchに入ったばかりの子向けのイベント)でフォートナイトをやりました。その時のウェルカムイベントに来てくれた子と今も時々遊んでいます。
ウェルカムイベントは30分で終わったのですが、来てくれた子とその後も2-3時間ぶっつづけで遊んでいました。
その子が翌日以降もチャットで頻繁に誘ってくれて、その後も予定が合えばよく一緒に遊んでくれています。
おそらく遊ぶものが似ていたんだと思います。
その後、同じ年くらいでフォートナイトをやっても相性があわない場合もあり、積極的に自分で友だちと遊ぶ時は仲良い子の遊びに混ぜてもらうとかで、3-4人とかの少人数時に混ぜてもらってます。友だちはそこまで数増えてないけど、それくらいの方が楽しく遊べるようですね。
振り返ると一番最初に中里さんと遊んだ時が一番の変化でした。
「すごく楽しかった!」と言っていました。
また、ブランチルームの体験に行った時に、習い事系はなかなか慣れるのに時間がかかるタイプでしたが、「楽しかった!!」と目を輝かせていて、その後の活動も通して、元気になっていきました。
保護者の感情の変化
あまり覚えてなくて。
4年生の6月頃日記をつけていたので、それを読み返すと、感情の変化が大きかったと思います。4-6月までは在宅勤務をとりながら学校との対応も行っていて仕事をしているのか学校とやり取りしているのかよくわからない日々が続いていました。6月に有休を使って仕事を休み始めました。
区の相談所に行ったり、それ以外の居場所について調べたり、本格的に動き出したのがこの時期です。
今も感情の波はありますが、気持ちとしては1年生の行き渋りの頃の方がつらかったです。一年間母子登校で、2-3年生の時は行けない日もあったけど、3年生の後半には私もその状態に慣れてきて、休むことに抵抗がなくなりました。
4年生で完全不登校になりましたが、1年生の頃の方がつらかったので「ついに来たか」と。4-6月は「仕事どうしよう」と思ってました。
4年生で2週間くらい行き渋りがあった時に「もうダメだな」と自分で決めたタイミングがあったんです。
本人も自分も「もういっか」「じゃあ家で何しようか」となって気持ちが楽になりました。
まずはポケモンカードを買ってHと一緒にやりました。
ポケモンセンターに行ったり、ポケモンカフェに行ったり、普段できなかったことを始めました。、私も一緒にゲームを始めたのが6-7月頃です。
「不登校になっちゃってどうしようかな」とかはあったけど、「本人の楽しめるところが見つかったかな」と(Branch)一安心していました。
「ここにつながっておけば、大丈夫かな」と。
朝学校に「行けません、行きます」の電話をするのもとても嫌でした。
「学校に行きません」と電話しなくて良くなった時にすごく楽になりました。
2学期以降も給食の別室登校や行事の見学など学校との関わりはできる範囲で続けていて、できることが増えたと思ったらできないことがその倍以上になることもあり、今でも毎日心が揺れ動いています。
そんな状態の自分をダメな母親だなと思いますが、そんな自分も丸ごと認めてあげることが大事なのかなと思います。
不登校や行き渋りがあり、今まさにお困りの保護者さんにメッセージ
今でも、学校に行かなくても良いとは思っていないんです、私は。
「行ってくれればベスト」と思っています。
でもそれは親の都合。
子どもの目線だと、親の都合に振り回されてるところもあったのかな、と今だと思います。
子どもの気持ちを最優先に。
親のエゴ、世間体、学校行かないと困る、とかあるけど、結局は「生きてればいいかな」って最終的には思っています。
つらい思いをして、子どもが「死にたい」とか思ってるんであれば、「学校行かなくても毎日生きてくれてればいいのかな」と自覚できたのが一番大きいと思います。
後、私は子供が不登校状態になった時に、学校の対応も含め、比較的周囲の理解があった方だと思うのでそれは非常にラッキーだったと思います。
母親は子供の味方でいた方がいいですが、母親に味方がいるということも、とても大切なことだと思いました。
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Branchでも1つの解決策として、不登校・発達障害があるお子さま向けの「学校外で友だちができる」オンラインフリースクールを運営していて、以下のような特徴があります。
- 同じように「学校行きたくない」という気持ちを抱え、家族以外の人との関わりが減ってしまった不登校のお子さま達が自分の「好きなこと」をきっかけに安心できる居場所や、友達ができるようなサービス。
- NHKや日テレなど多くのメディアにも紹介され、本田秀夫先生との対談や、厚生労働省のイベントの登壇実績もあり、サービス継続率は約95%以上。
- 小学校低学年のお子さまはもちろん、どんな子でも楽しく参加できるようにスタッフがお子さま一人ひとりに寄り添ったサポートを徹底。
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