こんにちは。
不登校や発達障害のお子さんと保護者さんのための居場所、Branchコミュニティです。
今回は、
- 不登校になったきっかけ
- 不登校状態から再登校するようになったきっかけ
こちらの内容を、Branchの保護者の方々にインタビューしました。
聞いてみたところ、各家庭ごとに様々なケースがありました。
この記事を見ている、不登校やそれに近い形の状態のお子様を持つ保護者の方も、ご自身のお子様と似たようなケースを見つけられ、参考になれば幸いです。
不登校のきっかけと経緯
まずはこちらの質問に答えていただきました。
Q.学校に行かなくなったきっかけと経緯を教えてください
先生に関する問題
支援級の体験で、先生が生徒に厳しく指導するのを見て、そのあと猫なで声で話しかけられるギャップにドン引きし、その日から母子分離不安状態となり保育園も卒園まで不登園でした。
何とか小学校入学時は手厚い支援の下通い始めたものの、学校の理不尽、先生が厳しすぎる、勉強の時間が長すぎて遊ぶ時間がない、他の普通に何でもやれる生徒に劣等感を持つなどなどなど、何がきっかけかもはやわからないけど、行けなくなりました。
小1の頃、先生が怖い、先生の言っていることがわからない、給食当番ができるか不安、などと言っていました。
夏休み明けから徐々に行けなくなり完全不登校になりましたが、2年生に進級したタイミングで再登校、担任に恵まれ1年間行けました。
3年生になり専科の先生に叱責されたことがきっかけで再び不登校になり今に至ります。
1年生の担任の先生(50代の女性)が毎日怒鳴っている(というより吠えている感じで大人も怖い)のが学校の外まで聞こえ、帰りの会では必ず1~2人「今日、悪いことをした子」を立たせて皆の前で怒る、ということをしていました。
最初の保護者会では「授業中に便意を催すと授業が滞るし、休み時間は5分しか無いので、家で大便をさせてきてください」とも言い、
息子も登校前に「あっ、トイレ行っとかなきゃ。先生に怒られちゃうから」と言っていました
(便意までコントロールしようとすることに対して、私は刑務所に子どもを入れた気がしました)。
先生が大きい声が出るタイプで「高学年らしい振る舞いをしよう」と毎度言われるのが苦痛だった。
今、小6娘です。小4の5月に、クラスの子と揉め事があった時、担任から「あなたは我慢してないから我慢した方がいい」と言われたのがきっかけで完全不登校になりました。
小2の時、ひっ算の引き算の授業中、間違えたことを指摘されて教室から出て家に帰ろうとしました。
そのことがきっかけで、新担任と息子は合わないことが分かりました。
何度も話を聞いてもらいましたが理解されず、息子に心身症の兆候が見られるようになったので学校へ行かせないことにしました。
きっかけは小2の担任と給食だと本人が言っています。
幼稚園入園前から食べられる物が極端に少なく、お弁当の内容は3年間同じ物を持たせていました。小学校に上がる際に給食について先生方に相談をしたのですが、みんなが食べていれば本人も受け入れて食べますよ、とあまり気にせず行きましょうと言われたのみでした。
1年生の時は苦手な給食をなんとか頑張ってきましたが、2年に上がり担任がかわり、これまで許してもらっていた食べられる量だけ食べていたものを全て完食するように強く言われるようになりました。
他にも外遊びが苦手で休み時間を教室で過ごしていたのも注意されるようになり、学校が辛いと思うようになりました。
私が学校に相談に行くと子供は良く食べて外で元気に走り回るのが普通だと言われました。担任は新卒の男性教師です。全く話し合いにならずスクールカウンセラーと校長に相談して学校へ通う事をやめました。
担任が発達の特性への理解に乏しく、定型発達の子と同じように読み書きできるように指導され続けて力尽きてしまった。
友だちとのトラブル
小3の3学期から疲労を理由に休むことが月1回ほどありました。
小4始業式にクラスメートから「また一年同じクラスか、残念」と言われたのをきっかけに翌日から突然完全不登校に。
おそらくこの発言だけが全ての原因ではなく、それまでも本人の特性からくる困りごとがあって、最終的な引き金となったのだと思います。
クラスでからかってくる子がからかいを辞めず、担任と3人で話し合いの場を設けてもらったが、陰でのからかいが消えなかった。
相談をしてその子が叱られる場面はみたくないので先生には言いたくないと言えなかった。
友達とのトラブルを先生に相談したが、本人の納得がないまま解決したとみなされて放置された。
一緒に登校していた子から、登校時にからかいを受けた(相手は姉弟だったので、1人で対応することが難しかった。最終的に謝りに来てくれたが、事実確認の過程では嘘もつかれた)。
足を痛めているなか、無理な授業参加(体育で走る、地域を歩く課外活動)や習い事があった。
「休んでもいいよ」と声かけたが、本人はしんどいのに休むことが出来なかった。
弟の入学により、環境に変化が生じた。いろいろなことが重なり、「学校に行きたくない」と起きられなくなってきた。
友達とのトラブルについては親から先生に相談をして、本人も交えて話し合いをしたり、朝、担任が迎えに来るなどして、なんとか休みながら2ヶ月ほど登校を続けたが、本人のストレス症状が強く当面休むことにした。
幼稚園からのお友達が同じ小学校におらず、新しくできたお友達が社交的な子だったので、「他の子と遊んでる」と寂しさを感じていたようです。
警戒心がとにかく強かったです。
給食の問題
最初は給食の匂いを嗅ぐと気持ちが悪くなると言い始めました。
給食は残してもいいよと親からも先生からも声をかけてもらったりしましたが良くならず、そしてだんだん朝も吐き気や腹痛がするようになりました。
登校してしまえば帰りは元気に帰ってくるので、しばらく朝はなだめたり説得したりして送って行きました。
ある朝昇降口の前で「気持ちが悪い」と泣いて座り込んでしまい、もう送って行くのはやめ、不登校になりました。
本人は学校の何かが嫌とかは無く、なぜそういう症状が出たのかわからないと言っています。
入学直後から、「給食を食べていない」と担任から報告があった。
苦手なメニューを飲み込めなくて出してしまったのを、隣の席の子に「またぁ?」と言われて怖くなってしまった。
偏食の為、給食が楽しくなかったので、学校に楽しみがなかったようです。
集団行動がストレス
ASDの小4男子です。小学校は通常級に在籍し、ほぼ無欠席で通っていましたが、1年生の秋頃から集団行動の難しさが顕著に表れるようになりました。2年生から支援級に転籍したものの、一人では登校できなくなり、毎朝教室まで付き添いました。
本人は「行きたくない」と言葉にはしないものの(言わせない圧力があったと思う)、教室に入れなかったり、激しい癇癪、自傷行為、「死にたい」「自分なんかいなくなればいいんだ」といった発言が増えていきました。
3年生の前半は月に1~2回登校していましたが、つらそうなので、腹を括って登校刺激は一切やめました。今は完全不登校です。小学校にはもう行かないし、中学も通うつもりはないと言っています。
完全不登校となってからの息子が言うには、
「規則や禁止が多く、何一つ自分の意志やスピードで自由に進められない学校にとうとう限界が来た。幼稚園の時は楽しかった記憶しかないが、小学校は入学式の日に校門をくぐった瞬間、異様な違和感がビリっと電気のように走った。すでにその時から学校に拒否反応があった」
とのことです。
クラスに馴染めずトラブルも多く教室で過ごせず大半の時間を図書室で過ごすようになっていた頃、教室へ戻るように先生に促されたところパニックになり暴れてケガをした事がきっかけでした。
皆と同じ事をするのにストレスを感じ、頑張っていましたが聴覚・嗅覚過敏に。壁の無い教室は苦痛だったと思います。
その他
「理由が分からない」
現在中1で、小1の夏休み明けから行き渋りが始まりました。
小学校入学までは家で過ごしていたので、入学してすぐに運動会の練習が始まったり、授業中ずっと座っていたり、偏食があるので給食で食べられないものがあったり、校内で道に迷ったりと、忙しかったり不安だったりが多かったみたいです。
これという明確な理由は、本人もわからないようでした。
「家庭の問題」
家庭的な問題としては、母親の私が過干渉だったと思います。
中学受験の塾にも通いましたが(こちらは父親の希望が強い)多動傾向がある息子に90分の着座と膨大な量の宿題は無理でした。3か月ほどの通塾でしたが、本人はとても辛かったと言っています。
現在の勉強への拒否反応と無関係ではない気がします。
夫婦関係もギスギスして、子どもが安心できる家庭環境ではなかったと思います。
「不調なのに無理をした」
習っていた武道の試合直前に腹痛などの不調を感じ、当番のお医者様に「気持ちの問題」と診断され、気力を振り絞って出場したのが良くありませんでした。
徐々にチックが出始めて道場に入れなくなり、1か月後ぐらいには学校も緊張して気分が悪くなると登校できなくなり、パニック症と診断されました。
「勉強で挫折した」
中受塾に嬉々として行っていたが、学年が上がると難しくなりこなしきれない量を日々やらなくてはならず、クラスが上がったところで力尽きてもう何も手につかない、出来ないと言い出した。
そのまま学校も無理と言い始めた。
「苦手なことにつまづいた」
小学1年生6月から行き渋りが始まり、5年生9月から完全不登校となりました。
行き渋りのきっかけとしては色々あると思いますが、まず入学式の翌日に「自分で名札の安全ピンを留められなかった」ことへのショックがあったと思います。
帰宅後、玄関へ入るなり「今日、自分で名札をシャツに留められなかった!きっと〇〇(自分の名前)は何もできない!どうせきっと何もかもダメに決まってる!!」と突っ伏して激しく泣きました。(息子は指先が少し不器用なので、怖かった私は、就学前の息子に安全ピンを触らせたことがありませんでした)温厚で癇癪などほとんど起こしたことのない子だったので、その激高ぶりに大変驚き、必死で慰めました。
まとめ
様々な回答が挙がりましたが、
- 先生に関する問題
- 友だちとのトラブル
この2種類の回答が多くみられました。
再登校のきっかけと経緯
次にこちらの質問に答えていただきました。
Q.一度不登校や行きしぶりがあったけど、今は学校に行っている」という方がいれば、学校に行くようになったきっかけや経緯を教えてください。
中学・高校に入学
4年生の2学期から完全不登校で、2年半ずっと家で過ごしました。小学校の卒業式も欠席しましたが、中学校の入学式には出席し、そこから登校しはじめました。
小学校時代は「同級生や知ってる子に会うのが怖い」と言っていたので、中学校は別の学区か、在籍だけでフリースクールもあることは伝えていました。
いよいよ6年生の12月には学区の中学の制服注文の締め切りが迫り…。進学先を決める必要があることを伝えると、学区の中学を選択しました。
同級生に会うのが怖いのに、ほぼ同じメンバーが進学する中学を選択したのは意外でしたが、勉強をはじめたのも「みんなに追いつきたい」という気持ちからだったので、友達と同じ場所に戻りたいと思っていたのかもしれません。
娘が自分で選択したこともあり、進学する中学に本格的に相談したのは2月ごろ。
その時中学校の校長から、「いろんな繋がり方があるから、娘さんにとって良い方法を一緒に探しましょう」という内容の言葉をもらい、そのまま娘にも伝えました。
それが娘に届いたのか分かりませんが、入学前の家庭訪問もすんなりOKでした。娘も緊張しつつ先生に会い、入学式前日に学校見学に行くことに。
式の前日夕方、中学校に近づくとやっぱり怖くて車から降りられず。先生たちが車の外から話しかけ、学生玄関だけチラ見して帰りました。
そんな感じだったので、入学式に出席するのは難しいと思ってたのですが、娘は前日の夜に準備して早く寝ました。
入学式当日も早起きし、制服に着替えて朝ごはんも食べて。「行く」というので、ちょっと早いけど車で昨日の場所に駐車し…。学生玄関には在校生、新入生、先生など人がたくさんいたのですが、自分で車から降り、玄関にひとりで歩いて行きました。
入学式も他の生徒と一緒に出席し、教室でみんなで記念写真を撮り、晴れやかな顔でその日を終わりました。
その次の日からも登校し、5月中ごろの宿泊研修までは頑張って行きましたが、その後は休みながら登校している感じです。今は週1〜2回くらいの登校ペースになっていますが、今後はどうなるかわかりません。
高校進学がきっかけです。
「ずっと学校へ行ってなかったので、学校生活を送ってみたいです」と面接のときに話していました。
転校しても不登校状態は変わりませんでしたが、通信制の高校に入学してからは、ほぼ毎日通っています。
不登校経験を友達同士で話したり、中学校でできなかった経験をしたりと、楽しいそうです。
支援級に転籍
普通級から支援級に転籍し、少人数で落ち着いた中、担任に手厚く支援してもらえる環境が整ったことで、再登校できるようになりました。
数年間安定した状況でしたが、今年度は息子と特性のぶつかり合うお子さんと同じクラスになったことで、彼にとっての環境が整わず、環境が整うまで登校しないと自分で決めて休んでいます。
環境が整えば通うとのことです。
現在、学校側からはクラスの再編も視野に入れた対応策を提案していただいています。
環境調整はほんとうに大切だと感じています。
小学校は不登校でしたが、中学は遠方の支援級に入級して、知り合いのいない学校で手厚い支援を受けられるようになったため、少しずつ通学するようになりました。
ただ、入級するために必要な学校側との様々な話し合いでは大変な苦労をしました。不登校なので学校との接点も少なく、理解の無い役所手続きのような輩に見下した態度をとられる等、無駄に傷つけられることも多く、親は相当な覚悟が必要です。
その他
エビリファイを導入する
学校に行けなくなってから1か月後くらいからエビリファイを飲み始めました。
不安や音声チックが少しずつ減り、落ち着きも出るなど本人に合う薬でした。
回復に合わせて学校で保健室登校など細やかなバックアップをしてくださり、不登校になってから3か月くらいで教室に入れました。
無理をすると症状が悪化するため、発症後半年現在は1日に1時間程度登校しています。
修学旅行
家庭で話の流れで修学旅行が話題になった時に『小学校の修学旅行に行きたかったなぁ』と息子が悲しそうに言ったので、『中学でも高校でも修学旅行はあるよ』と伝えると、中学入学後も全く登校しようとしていなかったのに突然『明日、学校へ行ってみる』と言い出しました。
すぐにソーシャルワーカーさんに連絡して、担任と個別で会えるよう手配してもらいました。
月に1回の登校から始めて少しずつ頻度を上げ、今は週に1回の登校を続けています。
仲のいい友だちと一緒に過ごす
今は小学4年生で週2、3日ほど選択登校しています。
昨年秋、支援級の先生から「3年生だけでゲームするので来てみない?」と声をかけていただいたのが最初のきっかけでした。
仲の良い友達と一緒に過ごしたのが楽しくて、休み時間だけ登校する日につながりました。
まとめ
中学や高校へ入学、支援級に転籍するなど「環境を変える」ことが再登校のきっかけとなるケースが多くみられました。
逆に、今の環境に無理やり適応させようとすると、拒否反応を起こし、登校しぶりを強くするケースが多くみられます。
また、担任の先生に問題がある場合など、学校とのやり取りを通じて環境を変えることが難しいと感じた場合には、転校や支援級などを早めに視野に入れておくことをおすすめします。
再登校以外のポジティブな道
必ずしも「再登校」をしなくても、子どもが居場所を見つけたり、社会復帰できることはあります。
Q.他にも社会復帰したようなお話があれば、どんな内容でも良いのでそのきっかけと経緯を教えてください。
こちらの質問に答えていただきました。
フリースクール
学校に無理に通っていた時期が一番つらかったですが、学校に行かないと決めて、居心地の良いフリースクールを見つけて、これで大丈夫と思えてからは、すごく穏やかになりました。
2度目の不登校になった当時は本人も落ち込み、親子共に元気がない状態が続きましたが、半年経ち、もうしばらく学校には行けないなと私が腹を括り、学校以外の居場所を探すようになりました。
子どもと見学に行ったフリースクールの先生が、繊細な子のことを深く理解してくださる方で、会ってすぐ、ここに行きたい!と子どもが言ったので入会しました。
同時期にBranchにも入会しました。そこからどんどん息子も私自身も元気になっていった感じです。
〇〇区のフリースクール〇〇学園の学校公開に招待された事がありました。
いつもお世話になっている先生は〇〇学園から来ている先生だったので鉄道好きな子が多いから是非と声を掛けていただき、沢山の鉄道好きさんたちとお話しをしてきました。
その中に鉄道写真を見せてくれたお兄さんがいて、沢山のすてきな写真を見た息子が俺も撮りたい!と強く興味を示し、中古カメラを購入。
そこから写真を撮りたいがために一人で外出ができるようになり、写真を見てもらいたい気持ちがBranchに繋がっていきました。
好きなことから社会とつながる
同年代の子は苦手意識があり、関わろうとしないが、Branchで、好きなゲームを一緒に楽しんでくれるメンターさんと遊ぶことを楽しみにしている。
好きなゲームの話題に執着してクラスメイトや学校の先生に迷惑をかけていたのですが、Branchでゲーム欲が満たされたおかげで学校での人間関係が多少改善されているようです。
現在小6完全不登校です。
小4の2月からBranchに入ったのですが、メンターさんとの関わりや、好きな事が一緒のBranchのお友達と遊んだり関わり合う中で、Branchが子どもにとって安心できる居場所になっていきました。
子どもを見ていて、そう感じるようになった小5の1月頃に、Branchで好きな事をする時間を保証してあげれば、この子は外界とも繋がることが出来るのではないかと思いました。
それまでにいくつか子どもに合いそうな場所を探していたので、こういう場所があるんだけど、一緒に見に行ってみないかと提案しました。子どもにとっても良いタイミングだったようで、すんなりいいよと言ってくれたんです。実際に見に行ってみると、「ここなら行ってみたい。」と嬉しそうに話してくれました。
そしてその時に、「ここへ通うようになっても、Branchで遊べる時間は必ず確保するからね♡」と言葉にして伝えました。子どもはその時から今現在も、毎日その場所へ通っています。いじめにあったり、学校の先生の無理解に苦しんで、絶望を感じた時期もあったと思います。
人との繋がりが広がっていく事で息子の世界も広がっていると思います。
ゲームの師匠と出会い、信頼関係を築き、一緒にゲーム大会へ出場するようになりました。
そこで結果を残し、強者としてゲームイベントや企業研修、通信制高校の授業参加等、師匠の紹介で色んな場へ呼んでいただき、参加する事ができています。
まとめ
- フリースクールを選択する
- 「好き」なことから社会につながる
の声が多く寄せられました。
子どもにとって良い居場所は必ずしも一般的な学校の中にあるわけではありません。
フリースクールについては、こちらの記事におすすめのものを掲載しましたのでぜひご覧ください。
「好き」なことから社会につながる、に関しては、Branchがおすすめです。
子どもの好きなことを肯定し、好きなことをきっかけに学校外での友だちを作れるコミュニティを運営しております。
全体のまとめ
不登校のきっかけで最も多かったものは
- 先生に関する問題
- 友だちとのトラブル
でした。
ただ
- 環境を変える
ことで、一度不登校になっても再登校になるケースが多くみられました。
また、再登校のみがゴールではなく、フリースクールに通うことや、好きなことで社会と繋がっていくことも、立派な社会復帰であり、こちらも視野に入れておくべきだと考えます。
登校しぶりを見せていたり、不登校状態のお子様を持つ保護者の方にとって参考になれば幸いです。
発達障害や不登校の子の「友だちができる。安心できる居場所」とは?
Branchでも1つの解決策として、不登校・発達障害があるお子さま向けの「学校外で友だちができる」Branchコミュニティを運営していて、以下のような特徴があります。
- 同じように「学校行きたくない」という気持ちを抱え、家族以外の人との関わりが減ってしまった不登校のお子さま達が自分の「好きなこと」をきっかけに安心できる居場所や、友達ができるようなサービス。
- NHKや日テレなど多くのメディアにも紹介され、本田秀夫先生との対談や、厚生労働省のイベントの登壇実績もあり、サービス継続率は約95%以上。
- 小学校低学年のお子さまはもちろん、どんな子でも楽しく参加できるようにスタッフがお子さま一人ひとりに寄り添ったサポートを徹底。
Branchコミュニティは1ヶ月無料体験ができるので、ご利用を迷われている方は一度お気軽に無料面談予約をお申し込みください。